東京高等裁判所 昭和26年(行ナ)25号 判決
原告 小宗化学薬品株式会社
被告 特許庁長官
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「昭和二十六年八月十五日特許庁がなした昭和二十六年抗告審判第四四〇号の審決を取り消す、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として原告は昭和二十五年三月六日本件商標の登録出願(昭和二十五年商標登録願第四五八号)(以下本願商標と略称する)をなし、同年十二月二十日意見書と同時に訂正書を提出して指定商品を訂正したが、昭和二十六年四月三十日出願拒絶の査定を受けたので同年六月十六日抗告審判請求(昭和二十六年抗告審判第四四〇号)をしたところ、特許庁は同年八月十五日附で「本件抗告審判の請求は成り立たない」との審決をなした。而して右審決の理由として示されたところの第一は要するに本願商標が登録第八二六九二号の商標(以下引用商標と略称する)と称呼及び観念上類似であるというに帰するものと認められる。しかしながら商標法第二条第一項第九号に所謂商標の類似とは比較すべき両商標をその外観、称呼及び観念の各観点から分析観察してその結果を各部分毎に対比し両商標間に共通する事項があるという意味ではなくして、両商標が実際使用される場合にこれを附した商品の取引者間に混同誤認を生ずる虞があるという意味に解するのが相当であつて、右審決は結局商標法第二条第一項第九号の解釈を誤つた違法があるものでこれが取消を求めるため、本訴請求に及んだと陳述し、なお(イ)本願商標は「小宗」の二字を左横書きし、その下に、これと並行して「KOSO」の四字を配した文字商標で原告は試薬の取引者に広く且つ古くから「小宗」(コソオ)と略称され「小宗」といえば原告の表示と認識されている実情にある。原告はこの商標の登録によつて「小宗」「コソオ」の文字と呼称とを専用する権利を獲得し、商品試薬について出所の混同せられる虞のある商標の出現を防止しようとするものに外ならない。且つ原告は医薬特に売薬の製造販売は現在も過去においてもして居らず、今後もこれを行うことはない。しかるに審決引用の商標は乙第一号証に示されたような図形と文字との結合から成るものであつて、その指定商品としては第一類に属する商品全部を挙げているがその商標の一部分を構成する「高貴薬配合」「強肺長寿」等の附記文字があること及び「康素」の二文字が比較的大書されているが、この「康素」は結局「健康の素」という意味を表示する文字に外ならないこと等の点を綜合すると、右商標中「康素」の文字は商品の品質用途を表示する特別顕著性のない文字であつて、この部分は商標法第一条第二項によつて商標権を有し得ないものであり、又前記附記文字から見ても、その指定商品は同法第二条第一項第十一号の規定によつて自ら医薬品に限局されるべきものと謂わなければならない。なお、引用商標の商標権者は医薬品の販売を業とする商人で試薬の製造販売を行つたことなく、現在も行なつていないし、将来も行うことはない。更に引用商標の権利者は「コソウ」と略称されることもなく、又「コソウ」と呼称される商品について出所の混同を生ずる虞は全く存在しない。又引用商標の連合商標である登録第八一六〇三号及び同第一七七三五九号の両商標と引用商標の態様とを比較綜合して案ずれば引用商標の要部は結局「康素」の文字及び他の附記文字を除いた図形部分にあるものと認むべきである。従つて本願商標と比較対照するにも主として右要部について行われるべきものである。又試薬と医薬とはその製造販売業としても業態、態様、消費者等においても著しい相違がある。(ロ)、更に二つの商標が商標上類似すると認めるべきか否かは理論的に判定せられるべきでなく、心理的に判定せらるべきものである。換言すれば商標の類否はこれらの商標の附せられた商品の取引者の心理的結論に依らなければならず、この結論は上記(イ)に挙げた諸事項その他を資料として経験上これを推測することが可能であるが疑わしいところがある限り最後的には心理学的実験によつてこれを決定しなければならない。又漢字の与える視覚的効力と観念に基いて明確に識別される「小宗」と「康素」の差異と上述した取引態様の差異、商標としての全形の相違等によつて本願商標と引用商標とは心理学上から見て混同誤認を生ずることはないと附加陳述した。(立証省略)
被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として(1)本願商標の出願から本件審決がなされたまでの特許庁における事件の経過については原告主張事実を認める。(2)原告は商標の類否判定について審決を非難しているが、本願商標の構成は「小宗」の文字をゴジツク体で左横書きし、その下に「KOSO」のローマ字をゴジツク体で併記して成るもので指定商品は審査中に第一類試薬に訂正されたものであり、又審決に引用された登録第八二六九二号の商標は縦長矩形の上部及び下部が山なりに突き出ている点線を濃藍色で輪廓して、その部分の地色は淡藍色として又その点線の内側にはそれと同形で濃藍色を以て表わした図形内の上部に淡藍色地に濃藍色で地球儀が望遠鏡を手にして観望している図形を描き、その下部に頭尾部に二箇の「カンマー」を有する「KOSO」のローマ字を横書きし、更にその下部に普通の活字体で「康素」の縦書文字を現わし、その他附記的文字を地球儀及び「康素」の文字の両側に縦書きし、以上の文字は総て白抜きとして着色限定をした商標で旧第一類化学品、薬剤及び医薬補助品一切を指定商品として大正五年九月二十四日登録出願をし大正五年十一月二十七日登録され、昭和十一年六月二十八日その存続期間更新の登録がなされたものである。この両商標は外観は前記の通りで明らかな差異があるが、称呼上から見ると前者は「コソー」又は「コーソー」と呼称されるもので後者もその前も注意を引く部分である「KOSO」及び「康素」から「コーソ」又は「コーソー」と呼称されるのが自然であると謂うべく、両者は「コーソー」なる称呼を同うするか、又は微差に過ぎない「コソー」と「コーソ」の称呼を生ずるものと謂わざるを得ない。従つて称呼上互に類似するものと認めるのである。又観念上から見ると両者は「コーソー」の称呼を同一にするものであること前記の通りであるから取引上その観念も彼此相紛わしいものと謂うを相当とする。以上のような関係であるから両商標は類似商標であり、指定商品も牴触するものであるから、本願商標は商標法第二条第一項第九号に該当し、その登録は拒絶さるべきである。(3)審決で以上のように認定したのは両商標が取引の実際における経験則に照してその称呼及び観念において彼此相紛わしく、世人に誤認混同を生ぜしめる虞があるから類似であると認めたのであることは審決全文の記載に徴して極めて明瞭であると陳述した。(立証省略)
三、理 由
本願商標の出願から本件審決のなされたまでの特許庁における事件の経過については当事者間に争いがない。
よつて右審決の理由において違法の点があつたか否かについて判断する。
成立に争いなき甲第一、第二号証によれば本願商標の構成は「小宗」の二字を略楷書体で左横書きし、その下部にこれと略同大に併行して「KOSO」のローマ字をゴジツク体で横書きしたものであり、成立に争なき乙第一号証によれば引用商標の構成は縦長の矩形の外形内にこの外形に準じて僅かに上下両辺中央を山形に張り出した点線の枠を含む輪廓を設け、上記輪廓内には上部に斜下方を望遠鏡で覗いている人間化した地球の周囲に雲を配した図形を描き、その下部に欧文引用符号に囲まれた「KOSO」の四字を幅一杯に横書きし、又その下部には「康素」の二字を活字体で大書し、上記図形及び「康素」の文字の両側に「登録」「商標」の文字、能書に類する文言及び発売元を表わす附記的小文字を配し地色は濃藍色とし、輪廓及び地球の図形は淡藍色を以てし文字は全部白抜きとした着色限定に係るものであることが認められる。
そこで右本願商標と引用商標とを比較するに、両者は前記のように外観から見れば只双方共その一部である「KOSO」のローマ字が共通しているだけで全体としては争紛れることのない不類似のものである。しかし称呼の点では前者が「コソオ」又は「コムネ」が主であるが、それに次いて「KOSO」のローマ字から「コオソオ」とも呼ばれるものであることは否めないところであるに対し、後者も主として「コオソ」と呼ばれるが、又「KOSO」の四字から「コオソオ」とも呼ばれる可能性があるので「コオソオ」の称呼では両商標が全然一致するものであるばかりか、「コソオ」と「コオソ」とは全然相紛れずと謂うことができない程度のものであるから、これらの点で両商標は称呼上相紛れる虞あるものと謂わざるを得ない。
次に観念の点では前者は特にこれという観念を表わしていないと見るべきであり、後者は上部の図形も比較的小さく且つ内容複雑のものであつて如何なる観念を表わしているかは容易に判定し難きところであるから、観念上は両者は相紛わしいものとなすことはできない。以上のように外観及び観念では両者相紛れる虞がないととしても、その称呼の点で相紛わしい関係にあるので、両者は世人をして取引上混同誤認を生ぜしむる程度に近似しているもの(類似商標)と認めるのが相当である。
原告は本件審決における商標類否の判断について二商標の類似するか否かは心理的に判定せらるべきもので、それらが実際使用される場合にそれら商標を附した商品が取引者間に混同誤認を生ずる虞があるか否かで定まるものである。しかるに右審決では両商標を外観、称呼及び観念等の観点から分析観察し、その結果を各部分毎に対比しいずれかの点に共通する事項があつたから、これを類似するものとしたように主張しているが、右審決は各商標が実際の取引上商品に附して使用された場合普通に呼称されるべき称呼等を経験上推測して比較しているのであり、又商標の類否判定においては外観、称呼及び観念の三つの観点から観察することは理論的であると同時に実際的且つ心理的であるから、右審決には商標類否の判断につき当該法条の解釈を誤つた違法は有しない。
而して本願商標の指定商品である第一類試薬は引用商標の指定商品である旧第一類化学品中に包含されているものである。
原告は指定商品の類否の点につき引用商標はその一部を構成する「高貴薬配合」「強肺長寿」の附記的字句を有し、又「康素」の文字が比較的大書されているが、この「康素」は「健康の素」を意味し商標の要部と見られないから、これらを綜合して右引用商標の指定商品は広汎であるが自ら医薬に限定せらるべきものである。又その商標権者は現在も将来も試薬の製造販売を業としないものである。そして医薬と本願商標の指定商品である試薬とは全く別個の商品で互に類似しないものであると主張しているが、引用商標が試薬その他化学品等に使用された場合商標の構成から見て不合理の附記部分のあることは乙第一号証により認められ、又証人谷口有恒の供述によれば引用商標の使用会社である株式会社順和商会が現在試薬に同商標を使用していないことは明らかであるが、同訴外会社の方針の変更により将来化学薬品の製造販売をなすに至るやも知れないことも右証人の供述するところであるから、現に登録されている指定商品を限定しての類否を決すべきでないことは明らかであるから、原告の右主張は援用できない。
以上の次第として本願商標は商標法第二条第一項第九号の規定により登録し得ざるものであり、本件審決も引用商標に対する本願商標の比較においてその一部に類否認定の点で前記認定と相違するものがあるが、結論としては同趣旨であつてこれを取り消すに足りる違法があつたものということはできない。従つてこの審決の取消を求める原告の本訴請求は失当であり、これを棄却すべきである。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 小堀保 梅原松次郎 原増司)